5月の休日




<登場人物>

餃子……湯圓の友人。
湯圓……餃子の友人で、月餅を姉のように慕っている。
年獣(夕)……光耀大陸に住む年獣。
月餅……湯圓を妹のように可愛がっている。ダブルアイスとは友人同士。
獅子頭……景安商会のメンバー。麻婆豆腐を姉のように慕っている。
麻婆豆腐……景安にある中華料理屋の若女将。
松鼠桂魚……景安商会のメンバー。麻婆豆腐を姉のように慕っている。
佛跳墻……景安商会のボス。承天会と因縁がある。
叫化鶏……景安商会のメンバー。酒が好き。
武昌魚……承天会を追っている男。景安商会に情報を流してくれる。
ちまき……湯圓の保護者で麻婆豆腐の友人。




***







 ――碧空三日、光耀大陸、麻婆豆腐の店。

 麻婆豆腐の店で、獅子頭、松鼠桂魚、月餅の三人が料理を待っている。

松鼠桂魚
「月餅さー、久しぶりにダブルアイスに会ったんだっけ? 楽しかった?」

月餅
「うん! 第一回『食スタ!』の関係で光耀大陸に来てるって言うから会ってきたなの!」

獅子頭
「あの番組、麻辣ザリガニが出てたよね。ああいうのに出るんだね、彼」

松鼠桂魚
「……まぁ、年中眉吊り上げてたら疲れちゃうよね」

 三人は眉を顰めて低く唸った。自分たちだって年中険しい顔をしている訳じゃない。こうして麻婆豆腐の店に来て、のんびり昼食を味わう余裕くらいはあった。

麻婆豆腐
「夕ー! 麻婆豆腐あがったよ!」

年獣(夕)
「ああ、わかった」

 そんな三人の奥で、麻婆豆腐は調理に専念していた。そして、昼食をご馳走する代わりに店を手伝えと言われた年獣の夕は、言われるまま麻婆豆腐の店で店員をしている。

年獣(夕)
「ほら、麻婆豆腐、三人前だ」

獅子頭
「ありがとう、夕さん!」

 夕が三人のテーブルに大盛の麻婆豆腐皿を置く。

麻婆豆腐
「夕ー! どんどんできるよー!」

年獣(夕)
「わかった。麻婆豆腐、すぐ行く」

麻婆豆腐
「ありがと! 今日の昼食はサービスするよ! 一緒に食べようね!」

年獣(夕)
「楽しみにしている」

 そんな会話を繰り広げる麻婆豆腐と夕に、思わず獅子頭は笑った。

獅子頭
「夕さん、楽しそうにしてる。麻婆豆腐が随分と世話してあげてたおかげかな」

松鼠桂魚
「そうだねぇ、打鉄花でのやけどもずいぶんと良くなったよね」

月餅
「本当に承天会の奴らはひどいですの! 夕さん、可哀そうですわ!」

獅子頭
「うん……でもさ、まだ現在進行形で承天会の奴らにひどい目に遭わされてる者たちがいるんだ」

 その言葉に、三人とも俯いてしまう。早く奴らを倒したい。そうでないと、こうして昼食を取ることすら、罪悪感を感じてしまう。

佛跳墻
「急いては事を仕損じる。確実に奴らを叩くために、決して忘れてはいけないことだ」

獅子頭
「佛跳墻! 仕事は大丈夫なのか?」

佛跳墻
「ああ。腹ごしらえも大事な仕事のうちだ」

松鼠桂魚
「珍しいねぇ、いっつもそうならみんな心配しないのに」

松鼠桂魚
「ははっ、その通りだ。まずはすきっ腹をなんとかすべきだ。じゃねぇと何の話もできねぇさ!

獅子頭
「叫化鶏も来たんだ。なんか今日は賑やかだな」

松鼠桂魚
「このあと餃子と湯圓が来るんだっけ?」

月餅
「ちまきも一緒だよ。二人を連れてくるって言ってたなの!」

 月餅はダブルアイスと会うため、三人より先にここにやってきていた。ちまきたちとここで合流することになっていた。

年獣(夕)
「佛跳墻、叫化鶏。注文は?」

佛跳墻
「そうだな、麻婆豆腐でいい。お前はどうする」

叫化鶏
「おっ? それじゃあ……追加でコレとコレと――あとこの時価の地酒だ! なァに、支払いは佛跳墻だからな。安心してくれ」

佛跳墻
「おい、叫化鶏。この後、仕事の話をするのを忘れたか? 酒は駄目だ」

叫化鶏
「一杯だけだって。その程度なら飲んだうちに入らねェや! 頼んだぜ、夕」

年獣(夕)
「わかった。待っていろ」

 夕は麻婆豆腐の元へと行く。麻婆豆腐は、夕から聞いた注文を繰り返し、腕まくりをしている。

獅子頭
「佛跳墻、この後、仕事なのか? 僕に手伝えることはある?」

佛跳墻
「……武昌魚からくる手紙の内容次第だな。今日、麻婆豆腐宛に届くらしい」

獅子頭
「麻婆豆腐宛に? 珍しいな。武昌魚からはいつも直接届いていた気がするけど」

佛跳墻
「間に誰かを挟みたかったのだろう。何か承天会絡みで動きがあったのかもしれん」

獅子頭
「そっか……」

佛跳墻
「何かあったら、そのときは頼むぞ」

 佛跳墻は獅子頭の頭をぽすっと軽く撫でた。そして、叫化鶏を促し、少しだけ離れた席に座った。そこは小声で話せば、獅子頭たちに会話が聞こえない距離である。

ちまき
「お久しぶりです、麻婆豆腐。お招きありがとうございます」

 そのとき店のドアが開いた。ちまき、餃子、湯圓の三人が入ってくる。

年獣(夕)
「いらっしゃい」

餃子
「あ、夕さんだ! 元気してたー!?」

湯圓
「すごいねー、麻婆豆腐のお手伝いしてるのね!」

年獣(夕)
「ふふ、ここの手伝いはもう慣れたものだ。早く座るといい。もう料理はほとんど完成している」

餃子
「そうなんだ! 楽しみだよ~!」

 餃子と湯圓が座るのを見届けてから、ちまきがカウンターへと向かう。

ちまき
「麻婆豆腐、これを。私厳選のちまきです。あと、頼まれていた封書です」

麻婆豆腐
「ありがと。ふふっ、楽しみだね、ちまき厳選のちまき! あと、手紙もありがと!」

麻婆豆腐
「夕! 暖簾片づけちゃって! 遅くなっちゃったけど、遅い昼食にしようか!」

年獣(夕)
「わかった。ちまき厳選のちまきも麻婆豆腐の料理も楽しみだ」

 嬉しそうに言って、夕は暖簾を片づけた。



***


 佛跳墻は麻婆豆腐から渡された手紙を見て、長い溜息をついた。それは武昌魚から佛跳墻にあてた手紙だった。回りくどい方法で届けられた内容は、それなりに佛跳墻を悩ませる内容が記載されていた。

叫化鶏
「なんだァ、佛跳墻。そんな厄介なことが書いてあったか?」

佛跳墻
「……さて、どうだかな。判断は任せる」

 そう告げて佛跳墻は手紙をテーブルの上に手紙を投げた。

叫化鶏
「なんだァ、この名前の羅列は。そのあとの記号番号もわからねェ。佛跳墻や松鼠桂魚の名前があるな」

佛跳墻
「たぶんそれは、これまでに承天会の奴らに囚われた食霊のリストだ。すべてを把握しきれている訳ではないから、確かなことは言えぬが」

叫化鶏
「ほー! そりゃァすげぇ! 奴ァ、なかなかえぐい手紙を送ってきやがったな。それで、武昌魚の奴は大丈夫なのか?」

佛跳墻
「さて。『大丈夫だ』と言い切れるほど、楽観した状況ではないだろうな」

叫化鶏
「ふむ。そうなったら、どうするんでぃ? そろそろ本格的に動き出すか?」

佛跳墻
「…………」

 佛跳墻は黙り込んでしまう。すると叫化鶏はニヤリと笑った。

叫化鶏
「なんだ? 景安商会が心配か? 佛跳墻がいない間くらい、この景安はオラたちに任せとけ! 紹介の者だけじゃない、ちまきや竹煙質屋の奴らだって協力してくれるさァ! それに、麻婆豆腐だっている」

 そこで佛跳墻はジロリと叫化鶏を睨む。それを見て、叫化鶏は楽しくなって、喉を鳴らした。

叫化鶏
「あれで麻婆豆腐は強いぞ。オラたち商会の中で彼女と対等に戦える者なんてほぼいない。彼女だって景安を守る一員だ。まさかまた彼女をのけ者にするつもりか?」

佛跳墻
「それは……」

麻婆豆腐
「いらない心配よ、佛跳墻。アンタね、この景安を守るために、アタシの力が必要ないっていいたいの? もしそうなら、ここでアンタに一発くらわさなきゃいけないけど」

 ダン、と荒々しい音を立てて、麻婆豆腐はテーブルの中央に料理の皿を置く。

麻婆豆腐
「夕! ちまき! こっち来て! 話があるの!」

年獣(夕)
「なんだ、麻婆豆腐。まだちまきを食べているのだが」

麻婆豆腐
「少しわけて、こっちにも持ってきて! アタシも食べたいから!」

 その言葉に、ちまきが各国のちまきを山盛りに乗せた皿を手に、佛跳墻たちが座るテーブルへとやってくる。

ちまき
「どうしました? 麻婆豆腐」

麻婆豆腐
「そこに座って、夕も」

年獣(夕)
「わかった」

 夕は素直に返事をして、麻婆豆腐の横の椅子に腰かける。その隣にはちまきが座った。あまり揃うことのないメンバーでの会話で、全員と交流がある麻婆豆腐が会話の主導権を握る。

麻婆豆腐
「佛跳墻は近々この景安を出て行くわ。まだ時期は確定してないけど、出て行くのは決まってる。そうだよね、佛跳墻?」

佛跳墻
「そうだな」

麻婆豆腐
「それで、今日武昌魚から来た手紙はなんだったの?」

叫化鶏
「見せるぞ、佛跳墻」

佛跳墻
「…………」

 何も言わない佛跳墻に、フン、と鼻を鳴らして、叫化鶏は手紙をテーブルに置いた。それを麻婆豆腐、ちまき、夕が覗き込む。

麻婆豆腐
「これって……!」

ちまき
「もしや、承天会の方々に囚われている食霊のリストですか?」

佛跳墻
「説明が省けて助かる」

年獣(夕)
「そうか。それで佛跳墻がそろそろここを出て行くのか。よし佛跳墻、ここは私に任せておけ」

 キラリと瞳を輝かせ、夕が言った。

佛跳墻
「すぐに出ていく訳ではないが、景安(ここ)を開ける時間は増えるだろう。武昌魚のことも心配だしな」

ちまき
「わかりました。手紙が送られてきたルートを探りましょう。私もできることがあれば協力します」

佛跳墻
「助かる」

 佛跳墻は短く返事をして、低く唸った。

ちまき
「ひとまず今日は私の用意したちまきをどうぞ。これは友好のしるしです。麻婆豆腐から貴方の話はよく聞いています。信用に足る人物だと」

麻婆豆腐
「ちょっとちまき。余計なこと言わなくていいから」

叫化鶏
「オラたちは運命共同体だ。食霊を狙う承天会はオラたち共通の敵であることは間違いない」

ちまき
「そうですね。何かわかったことがあれば、すぐに連絡しましょう」

麻婆豆腐
「北京ダックにも連絡しないとね。彼の力はどうしたって必要よ」

佛跳墻
「……そうだな」

 北京ダックはこのティアラでは屈指の情報屋である。そんな彼と協力関係を結べるのは、誰にとって心強いことだった。佛跳墻は、テーブルに置かれた手紙に手を伸ばし、それを封筒へとしまう。

佛跳墻
「これから少しずつ出張が増えることになる。その際は、よろしく頼む」



***


 宴は終わり、ちまきたちと夕はそのまま麻婆豆腐の家へと泊まるらしい。佛跳墻率いる景安商会のメンバーは、事務所へと戻ることになった。

 麻婆豆腐に見送られて、佛跳墻、叫化鶏、松鼠桂魚、獅子頭の四人は歩き出す。

獅子頭
「ちまきが持ってきたちまきはうまかったな。やはりちまきのことはちまきがよくわかってるってことかな」

松鼠桂魚
「ある種の専門家みたいなもの? でも今日は楽しかったねぇ♪ 各国のちまきに、麻婆豆腐の料理に……」

叫化鶏
「あの地酒もかァなりうまかった! 佛跳墻様様だぜ」

佛跳墻
「……一杯だけ、と言った筈だがな」

叫化鶏
「いやいや、ちゃんと話は聞いてたぜ。あの程度じゃァ仕事に支障が出る程は酔わないぞ」

佛跳墻
「そういう問題ではない」

獅子頭
「ま、いいじゃん。叫化鶏にしてはセーブしてた方だと思うよ? そうじゃなかったら、今頃麻婆豆腐の店でひっくり返ってたんじゃないかなー?」

叫化鶏
「はっはっ! 違いねェな!」

佛跳墻
「そこは笑うところではなく、反省するところだ」

 ジロリと睨まれ、叫化鶏は肩を竦めた。

獅子頭
「でも佛跳墻、武昌魚は本当に大丈夫なの?」

佛跳墻
「なんだ、急に」

獅子頭
「僕、聞こえちゃったんだよね、そっちのテーブルで話してた話。気になっちゃってさ」

松鼠桂魚
「うーん、叫化鶏の声が、でかかったしねぇ……」

獅子頭
「あれ、むしろ僕たちに聞かせようとしてたでしょ」

叫化鶏
「さてさて。どうかねェ……?」

 フッヒッヒと千鳥足で叫化鶏が前へと歩いていく。

佛跳墻
「まったく……」

 はぁ、と佛跳墻は溜息をつく。

松鼠桂魚
「そうやってなんでも隠すのは悪い癖だよ、佛跳墻!」

獅子頭
「承天会は食霊の敵だ! だからさ、僕らできることがあればなんだってするから!」

 覚悟を決めたまなざしで佛跳墻を見上げる松鼠桂魚と獅子頭に、佛跳墻は頭を押さえて叫化鶏を睨む。

佛跳墻
「叫化鶏、全部お前のせいだぞ、まったく」

叫化鶏
「お礼は一升瓶の酒でいいぞ」

佛跳墻
「俺は怒っているんだがな……まぁいい。獅子頭、武昌魚のところには天津煎餅が向かっている。何かあれば連絡があるはずだ。安心しろ」

 そのための準備はまだ必要だ。しかし、それほどのんびりはしていられない。武昌魚だけじゃない、天津煎餅の安否も心配だ。

 そこで深呼吸し、佛跳墻はピタリと立ち止まった。そして三人を眼前に捉える。

佛跳墻
「三人とも、近々俺は景安を開けることになる。その際は、頼んだぞ」

 そう告げて、佛跳墻は歩き出す。その後ろを叫化鶏、松鼠桂魚、獅子頭の三人がついていく。佛跳墻は頼もしい仲間がいることを誇りに思い、宿敵の顔を思い出し、強くこぶしを握るのだった。


  【FIN】